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2021年9月11日~12日 過労死防止学会 第7回大会  第3分科会

『航空労働者のコロナ禍での労働変化とメンタルヘルス』

NPO法人 航空の安全・いのちと人権を守る会

副理事長 奥平 隆

理事   生井 良江

 初めに、これからの報告は、航空安全をテーマにしていると感じるかもしれませんが、いま、航空の安全と「人間の健康」は切っても切れない関係にあることをつかんでいただけたらと思っています。一つの例ですが、事故が起きると話題になる「ヒューマンエラー・パイロットミス」などは、じつは労働者の健康の問題でもあるからです。

今、航空では、安全を守る上で、「事故が起きてから再発防止策をとる」というこれまでの考え方から「事故が起きる前にその予兆を見つけ対策を取る」という考え方に変化してきています。わたしたちは、労働者の健康破壊や過労死という分野でもこの考え方を採用すべきと考え、あえてコロナパンデミック以降を見据えて航空産業で起きていることと、これから起きるであろう問題、健康破壊・過労死の「予兆」について紹介します。 事故予防と過労死予防がうまく結びつくと良いと願っています。

 

Ⅰ COVID-19パンデミックによる航空業界の状況

 航空業界では、パンデミックが始まって旅客需要が大きく失われたことによって、急激な運航便数削減にさらされました。

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 図1

図2

 図1は2019年旅客数を100とした場合、2020年は34%、2021年は予測ですが43%の利用者数です。

 図2はこれまでにあった国際的な重大事件が航空業界に与えた影響を生産量で比較したものです。

今回のコロナウイルス感染症が如何に大きな危機として私達の業界にのしかかっているかがわかります。20年前の米国同時多発テロの時の落ち込みと比べてもはるかに大きい影響なのです。

 

Ⅱ ≪飛行機が飛べなくなって労働現場がいかに変化したか≫

 2019年末頃、中国からの渡航者からコロナウイルス感染が‥というニュースから始まり、じわじわと感染が出始め、あっという間に感染者が世界中に広まりました。そして、世界中にネットワーク(路線網)を拡げていた航空業界は、各国の入国制限により、運航便が激減しました。

 その結果、主要空港には航空機が大量に、しかも長期間にわたって「駐機」することになりました。整備士の仕事は様変わりし、「出来高払い」の賃金制度に置かれた客室乗務員(以下「CA」)などは厳しい賃金減額を強いられている。そして、一部運航が再開された現場では「コロナ感染対策」が新たな業務上の負担となり労働者を苦しめている。

 一方、コロナパンデミックの中でも、国際航空貨物は需要が急増して、関係する職場では高稼働・過重労働に晒されるという特殊な状況も生まれている。

 こうした状況のなか、航空で働く人達の職場、生活がどのように変化したのかを紹介します。

 

①まずパイロットの職場について、その変化について紹介します。

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  パイロットの職場では技量の低下が心配されるほどの乗務機会の減少に見舞われました。

オリンピック開催を控え、(日本では)第5波の感染拡大が始まった結果、本格的な回復への見通しは不透明な状況となっており、乗務機種ごとにライセンスの変更が求められるパイロットにとっては不安定な就労実態となっています。乗務機会の大幅な減少は操縦技量の低下や、結果としてのヒューマンエラーを発生させています。

  一つの例を紹介します。運航便が急減した影響をうけてのインシデントです。昨年9月15日のインドネシアで起きたインシデントは、大事には至らなかったのですが非常に危険な状況だったようです。

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 「この飛行機は、着陸時に、2つの滑走路灯を壊し、航空機の車輪2つを壊して停止しました。乗員乗客に怪我人は出ていませんが、もう少しのところで、滑走路をはみ出すところだったわけです。 実はこの便の機長は、このインシデント前の90日間に3時間しかフライトをしていなかった」と報じられています。パイロットが長いこと飛行経験が中断されると何が起きるか、これは、こうした状況で危うく大事故になりかけた事象です。日々の経験がいかに重要かということが分かっていただけたらと思います。

そして、パイロット職の今後の課題、過重労働や安全への脅威についてです。

 国際線を含めた需要が本格的に復活するまでは、まだ数年かかると言われていますが、復活時には急速に需要が拡大することも考えられます。

しかし、現在は新人の採用や訓練もストップされており、その際に対応できるパイロットが確保できるかが課題となっています。

 また、乗務機種や資格によって、乗務機会が減少したパイロットへの技量保持のための訓練は最低限行われてはいますが、高稼働の職場に復帰する場合の急激な変化によるストレスも相まって健康を害するリスク、またヒューマンエラーを引き起こす懸念が高まっている状況にあります。

 このように、どんなことが「安全の脅威(ハザード)」となっているか、健康への脅威になるか労働組合が調査し分析しています。

 これは航空労組連絡会(以下「航空連」)と国土交通省労働組合(国交労組)の共同研究の紹介です。

国連の航空部門であるICAOの安全管理規定に従った、分析をしました。まだまだ不十分なものですが、労働者の立場に立って、「ハザード・リスク」をきちんと評価して意見を出す必要性を感じています。

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 例えば「特定の機種での繁忙」の項目を見ます。 この表を左から右に向けて安全を脅かす危険要因としてのハザードを取り上げ、その次に、その要因を構成するエレメントを明らかにします。そして、放置すればどんな現象が起きるか・・・このリスクを減らす方法は、と続きます。

これを、進めてみて、さらに脅威が取り除けなかったら、次の対策を考える。これを許容できるまでリスクを減らすようにPDCAの手順で続ける、という手法です。

 

② 次に客室乗務員の職場について紹介します。

 減便しながら運航を維持する過程で、次のような環境の変化を職場にもたらしました。

 私達は 数年前からこの過労死防止学会で客室乗務員の過労状態についてお伝えしてきましたが(昨年まではキャビンクループロジェクトの組織名)、コロナ発生以前は月間乗務時間が80~90時間あり(月間乗務時間の制限は100時間)、深刻な慢性疲労・過労状態を訴える状況にありました。それが運航便減少により一変し、月間乗務時間は10時間程度(月に1日~2日のフライト業務しかない)が続くようになりました。 

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「乗務時間」といいますと、なかなかご理解できないと思いますが、国内線ですと、このフライトのために客室乗務員が拘束される時間は この乗務時間の倍くらいと考えていただければ良いと思います。月間90時間乗務すれば180時間くらいの拘束時間があるということです。

この様な乗務機会の減少はパイロット同様に技量維持への不安となり、フライトの度により緊張を伴う日々となっています。保安要員として、あらゆる緊急事態に備え行動化できるようになるには、訓練、事前準備、日々の経験により身に付く訳ですが、そのフライトの機会が無いという事は、毎回一から準備をし、ミスが無いようにという緊張と不安が増す状況になります。

乗務機会が少ない中、更に新人層では習熟不足による不安や、緊張のためにドア操作などの保安業務のエラーも発生しています。

同時に、乗務時間が激減したことは、乗務手当が出来高払いである賃金制度の客室乗務員は 月に10万円以上も賃金ダウンになり、生活不安も抱える状況になりました。会社は副業も認めましたが、いつフライトが入るかわからない中、副業を探すのも困難な状況です。

その他、外国航空会社所属の日本人契約制客室乗務員は雇い止めを提案され、雇用不安が拡大している状況にあります。再雇用の約束を取り付けたり、会社との話し合いを続けている状況もありますが、大好きなCA職を失っている人も多数です。

次に、コロナ禍でフライトをするときには、これまでにない働き方が求められています。

 まずは、乗務のスケジュールですが、欧米路線(ニューヨーク、パリ、フランクフルトなど)はこれまで2泊4日勤務パターン(徹夜の仕事のため1泊が失われます)だったのが海外での感染リスクを考慮して1泊3日に。東南アジア路線はこれまで1泊3日だったのが0泊2日になりました。(期間限定ではありますが、労使協定を超えた休養時間がない勤務パターンです) 

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 さらに機内では、狭い空間でもあり、特別にコロナ感染予防の対策がとられています。客室乗務員は乗客と直接接する職場であり、感染への不安は大きいものがありますが、通常の業務に加え感染予防対策が増えた事による負担も増しています。機内ではマスク、手袋、時にはゴーグル着用で通常とは違う所作、業務が求められます。例えば手袋をしてのサービスは食事を提供する際には滑りやすく細心の注意が必要になるなどです。

 また旅客にマスク着用協力依頼を促す中でのトラブルも続出しました。(機内安全阻害行為に発展の事例もあります)ニュース等でご存知のようにトラブルにより目的地外に臨時着陸した事例もあります。

他にも「ソーシャルディスタンシング」に関するトラブルで新人客室乗務員が旅客から暴力を受ける事例も報告されています。

 そして宿泊先では感染予防の為ホテルから外出できず、必要な食料品確保の負担や同僚との会話の機会もなく孤立感を訴える声が上がっています。PCR検査の為の待ち時間による拘束が長くなった点もパイロット同様です。

 フライト以外の日はリモート教育、会議、自宅待機、休日などになっていて、リモート教育などは新たな疲労を生じさせています。

 CAの職種についても、先程のように「安全・健康への脅威ハザード」について分析してみました。

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 例えば「乗務機会の減少」を例にとりますと、ハザードの構成要素として、運航便の減少=個人によるフライトタイムの相違=新人の慣熟不足などが挙げられ、それにより技量維持不安、経験の蓄積不足によるモチベーションの低下、生活不安、集中力不足によるエラー発生などの現象が考えられます。その危険発生可能性を減ずる方法として、乗務機会の平均化、乗務時間保障による賃金補償、新人に対する乗務機会付与などの対策が考えられるという表です。

 この様に客室乗務員の職場でも、コロナパンデミックが終息し、航空輸送が本格的に復活する時には、この1年半以上の「空白」で生まれた、安全や健康への脅威を丁寧に取り除きながら進めていくことが求められています。

 

③ 続いて航空整備士の職場についてです。

パンデミック後の減便の影響で主要空港において航空機が大量に停留されることになり、それまで続いた通常の運航状態では行われない、特別な整備作業が求められるため、当該職場は繁忙を極めています。 

 作業する労働者も、別の職場から移動されてきたケースが相次ぎ、慣れない作業、初めての作業などで大きなストレスを受けています。

 さらにパンデミックが2年近く継続する状況で、新人が十分な経験を積めずに「通常運航への復活」に向かっていることも懸念される問題です。

 こうした中、この職場もまた需要が急激に回復した時に再び大きな変化に晒されることが予想され、資格によっては人員が不足する現場で過剰な労働を強いられることが予想されます。

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 航空機の安全という命を預かる職場であるが故に、作業ミスが重大な結果を招くという重圧の元でパイロット同様、精神的なストレスも相まって健康を害するリスクが高まっていると言えます。

 ちなみに、海外の事例ですが、長く留め置かれた飛行機のピトー菅(飛行機の速度を測る装備)に虫が入り込み、このようなことも起きています。
 「2020年6月、イギリスの国内線を運航していたウイズエアのA321がドンカスター空港からの離陸滑走中にそれは起きました。

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 長期係留後の航空機の異常発生が続けて報告されたことを受けて、EUの安全機関であるEASAは運航停止が長期化した時期の昨年11月、次のような警告を発しました。長期間の係留後に発見された問題には、飛行中のエンジンの停止、燃料システムの汚染、パーキングブレーキ圧の低下、緊急バッテリーの充電不能などが含まれると指摘し、これからも危惧されると警告しています。 

機長は決心速度であるV1付近で対気速度がゼロになっていることに気付き最大の逆噴射と自動ブレーキをかけて離陸を断念し、A321は滑走始点から約1,200メートルの地点で30ノット以下に減速し無事停止しました。その後ピトー管、(操縦席近くの外側近くにあるとがった棒のような速度を測る細いパイプです。)の1つの内部から、米粒ほどの大きさの昆虫の幼虫が3匹発見されたということです。この機体はこのインシデント(異常運航)が発生する直前数ヶ月にわたって地上に係留されていました。」

 そして、今年1月9日、より深刻な事故が発生しました。「インドネシアのスリウィジャヤ航空のボーイング737型機が、ジャカルタのスカルノ国際空港を離陸直後に墜落し乗員乗客全員が死亡という大事故が発生しました。」現在、事故原因は調査中ですが、この機体が、実に、コロナ危機で地上に9ヶ月間係留され、復帰のための整備を終えたばかりの機体だったのです。

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 このように、長時間地上に留め置かれた飛行機の整備は非常に重要になっています。

そこで航空整備士の職種についても、先程のように「安全健康への脅威ハザード」について分析してみました。

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危険要因(ハザード)として「機体の長期停留」「過労」などを取り上げました。こうしたハザードにはどのような構成要素があり対策が考えられるか検討した表です。

 この職場でも、コロナパンデミックが終息し、航空輸送が本格的に復活する時には、この1年半以上の「空白」で生まれた、安全や健康への脅威を丁寧に取り除きながら進めていくことが求められています。

 

④ 地上で航空機の運航を支えるグランドハンドリングの職場では今までとは違った忙しさに見舞われています。

 運航便減少により、多数の航空機が空港に停留するようになりました。

各航空会社は効率的な機材運航で収支改善を図る為、大型機から中型機、小型機へと旅客数に合わせて変更するようになり、その度に航空機をターミナルに移動する回数が増え、新たな業務増となっています。

⑤ 航空管制官(国家公務員)の職場では運航便減少により、航空機を管制する機会が減り技量低下への不安が出されています。

 また新たな業務増として、国交省がコロナ対策として打ち出した「運航支援パッケージ」のため、普段と違う対応が必要となり、現場の情報官・管制官は慣れない対応を求められるケースが増えました。

⑥まとめとして、これまで紹介した航空の各職場を全体的にみて、どんな安全への、言い換えれば健康への脅威があるのか。その特徴は次の通りです。

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Ⅲ ポストコロナに予想される問題・課題(警戒を要するパンデミック後の“復帰“)

 ワクチン接種ワクチンパスポートなどの制度が進んでいる欧米の航空会社は運航便再開の動きになりつつありますが、航空業界の本格的再開には数年かかるともみられています。

 この先、各航空会社は赤字借金財政からコスト削減で収益改善を目指す方向性が考えられます。

 

 私たちは、先に紹介したコロナ禍で浮き彫りになった、航空に働く人たちの現状について、このような対策が必要と考えています。(図1)

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​図1

  • 業務から離れる機会が多く、技量維持への不安や新人層の習熟への不安などに対し、特別の訓練、事前対策が求められます。このように具体的な影響を管理する必要があります  

  • コロナ禍で特例として実施した勤務形態がそのまま人員削減の対応とならないよう注視が必要です。

  • 感染への不安、技量維持への不安、生活・雇用不安、孤立化など様々な精神的ストレスに丁寧で迅速な対応が求められます。とりわけメンタルヘルスは重要です。

  • このように、 特定のストレス源 (仕事関連のストレスを含む) と不安、および航空労働者に対するコロナパンデミックの具体的な影響を管理する必要があります。 

Ⅳ 最後に海外の取り組みについて紹介します(図2)

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 今年の6月にイギリスの「ガーディアン誌」の報道ですが、EUの航空安全庁EASAスポークスマンは、業界と規制当局が航空心理学の代表者やその他の専門家と協力して、労働者のウェルビーイングを向上させ、安全上の問題が発生する前に「ウェルビーイングの低下」に対処できるようにしていると述べています。

また、国連の航空部門の機関であるICAOもパンデミックからの運航再開にあたってメンタルヘルスについて積極的に支援すべきだと警告を発しています。

 

 欧米に比べ、日本の行政機関や企業の中では、労働者が経営者あるいは使用者と対等な立場に置かれていない実態から、対策の中に労働者の視点や立場が抜け落ちています。コロナパンデミックによって、こうした問題も炙り出されています。

 この機会に、皆さんと共に労働環境の改善に結びつく取り組みを進め、過労死を生まない状況でポストコロナを迎えたいと思っています。 

                                             以上

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