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客室乗務員の職場の特徴、及び

コロナ禍におけるあらたなストレスとパワハラの実態

                                             

過労死防止学会 第6回大会報告書

  1.  日本の客室乗務員の職場の特徴 

 

【 華やかなイメージとかけ離れた実態 】

 

一昨年から日本の航空機客室乗務員の職場環境や過労の実態を発表させて頂いている。

未だ多くの人がイメージする、笑顔で優雅にサービスする機内での姿は、実態と大きくかけ離れ、大手A社、B社ともに毎年、数百人の退職者を出し、数百名が採用される職種となっていた。

その主な理由として、長く続けられない勤務内容、そして管理強化による疲労とストレスが指摘されている。A社の客室乗務員の平均勤続年数はわずか6年半(2015年有価証券データ)であり、関連会社のLCC等を含めると更に短い年数となる。もう一つの大手B社では10年余り(同年データ)であるが、これらは欧米の大手航空会社が平均20年を超えるのに比べ、極端に短い年数となっている。

 

【 厳しい職場環境 】

 

客室乗務員の勤務の主な特徴として以下が挙げられる。

  1. 客室乗務員がはたらく機内環境は、低気圧、低酸素、低湿度、宇宙放射線被ばく、加速度(G)変化、揺れ、振動、騒音などを特徴とする。気圧が低いと酸素が薄くなり、一般に富士山の5合目あたり(2000m近く)で働くのと同じと言われている。さらに、早朝、深夜に及ぶ不規則、長時間勤務、時差、深夜労働等が加わる。また、作業の特徴として、立ち仕事、不自然な姿勢、重量物の取り扱い、感情労働によるストレス、緊張が伴う業務でもある。

 

  1. 国内線と近距離国際線では、10時間を超える勤務であっても休憩時間の設定がなく、実態上もほとんど休憩が取れない。食事も、特に国内線では飛行機が到着し次便の準備の合間にお弁当を5分で食べたり、時には上空で立ったまま数分で食事を済ませることもある。

 

これは労基法34条施行規則32条に違反しており、2014年にB社の有志が労基署に香港往復便の実態を訴え、会社に調査が入り機内での休憩について一部改善させた経緯がある。しかし、A社やLCCでは労基法違反が放置されたままとなっている。

 

  1. 長距離国際線では、時差や疲労が取れないままフライトを重ねる実態がある。例えば、A社のロサンゼルス1泊4日パターンでは、12時間の深夜フライト後、現地では翌日の休日がなく1泊後にまた深夜のフライトで帰着、その後の日本での公休日が2日間のみといった過酷さである。米国で1泊のみ、日本に戻ってもわずか2日の休みでは時差や深夜乗務の疲れが取れないままである。

  2. A社、B社では、かつては国際線乗務者と国内線乗務者は分かれていたが、現在は国際線と国内線の両方を乗務するようになった。これにより、例えばA社では、以前は長距離国際線の前日と翌日は公休日、又はブランクデイ(実質、休養日)だったのが、今では、国内線を2日間乗務した翌日から、長距離国際線をつづけて乗務するという過酷なスケジュールも作成されるようになった。

  3. A社では、宿泊パターンが多く、月に10泊をこえることも多い。パイロットには宿泊制限があるが、客室乗務員には制限がない為、本人や家族の負担が多く通常の生活を営むことが難しい状況にある。

  4. A社、B社とも、「評価賃金制度」が基本賃金だけでなく乗務手当にも導入されるようになった。もともと業務の性格上、点数で測れるものではなく曖昧な基準での評価は主観的にならざるを得ず、客室乗務員に対するこうした評価制度は諸外国では例を見ないものである。日常的な業務に対する評価に加わり、A社では評価結果の表示により非常にストレスが多い実態となっている。

  5. 国際民間条約(ICAO)と日本の航空法では、保安要員としての訓練、編成などが規定されている。しかし、諸外国では常識となっている保安要員としてのライセンスが日本の客室乗務員には付与されていない為、国の職業分類上、客室乗務員はサービス業(総務省)とされている。この為、保安要員である面が軽視され、コロナ禍の前はサービス競争に拍車がかかり労働負荷が増加する状況にあった。

 

2  新型コロナで一変した環境とあらたなストレス

 

【 スケジュール上の変化と大幅な賃金ダウン 】

 

新型コロナウィルスの影響により、航空業界は大きく様変わりした。5月の時点で国際線は9割の減便、国内線も8割減となった。客室乗務員のスケジュールもフライトが激減、A社では雇用調整助成金の活用による一時帰休、B社ではリモート教育に代わった。

 このスケジュールの変化によって、客室乗務員の賃金は大幅に下げられた。A社、B社ともに「基本賃金」は維持されているものの、もう一つの賃金体系の柱である「乗務手当」が出来高払いである為、激減したのだ。この為、ある新人客室乗務員の7月の月収の手取りは16万円に落ち込んだ。都内、特に羽田周辺では家賃が10万円前後かかり、手元に残るのは数万円という厳しさである。中堅客室乗務員も、家のローン返済等、今後の生活不安から鬱になりかかっている人もいるという。貯金を取り崩す生活となり、これまでの高稼働勤務による疲労に代わり、あらたに生活不安という大きなストレスがのしかかった。

 

【 乗務手当保障は疲労リスク管理の面からも重要 】

 

 これまで 『65時間乗務手当保障制度』は、パイロット、客室乗務員ともに賃金体系の中で確立されていた。しかしA社では1996年に、B社では経営破たん後の2011年1月に廃止され、両社とも出来高払いに代わったのである。

この乗務手当保障制度は、生活を保障させる為の制度であった。この為、パイロットの組合はA社、B社ともにこの乗務手当保障を守る為、会社と交渉し、現在も『50時間保障』として残している。コロナ禍で生活不安が増す中で、あらためて客室乗務員の乗務手当保障の復活が切実な課題になっている。

 

3 在職死亡の多発、人権侵害の事例

 

【 A社における在職死亡と、評価賃金制度の実態 】 

 

A社では、2014年1月以降、7年間で16名の客室乗務員が在職中に亡くなっている。2019年1月にロサンゼルスから羽田に向かう便で倒れ、搬送中に亡くなったTさんの勤務はとりわけ過酷なものであった。亡くなる1ヵ月前の勤務は休憩のない労基法違反の国内線勤務が8日間あった。その他、ロサンゼルス1泊4日とフランクフルト1泊4日の乗務がついていた。この2回の苛酷な国際線乗務の後、いずれも休みは2日間のみで、欧米航空会社の基準(3~5日間)からもかけ離れたものであった。

Tさんは2014年3月までは国内線のみの勤務であった。しかし、4月以降、国際線も飛ぶよう業務指示を受けた。Tさんは以前、がんの手術をし基礎疾患もあったことから、主治医の診断書を提示し国内線のみを強く希望したが、受け入れられなかった。前述のように、国際線の中でもとりわけ過酷なロサンゼルス1泊4日勤務が、亡くなる6ヵ月前からの勤務だけを見てもほぼ毎月入っていた状況から、会社の安全配慮義務が保たれていたのどうかも問われるところである。

さらに、Tさんは長年、差別とみせしめ施策にさらされ強いストレスを抱えながらの乗務を行っていた。A社にはいくつかの評価制度があり、その基準(指標)は、例えば「あんしん、あったか、明るく元気を体現している」「お客様から見て不適切な行動がない」等、どうにでも主観的、恣意的評価がつけられるような内容である。その他、「人事評価」「マネージメント評価」なども、いずれも客観性、透明性、合理性があるとは言えない評価・格付け制度を導入している。倒れた最後の便での『指揮順位』という格付けでは、勤続5年の後輩が、勤続30年を超えるTさんの上位になっていたという驚くべき差別の実態であった。

A社ではこれらの評価結果がフライトメンバー表に表示され、どの人が高評価でどの人が低評価かが誰にでも分かるようになっている。これはプライバシーの侵害とも言えるものである。この評価結果の公表によるいわば「みせしめ」的な施策によって、会社に評価されなければ差別され続ける現実が職場に周知され、その結果、会社に対しものが言えなくなっている実態がある。Tさんのご遺族は現在、労災を申請中である。

 

【 A社における雇止め事例 】

 

 このコロナ禍の中で一人のシニアCAが帰らぬ人となった。Kさんは30年以上A社の国際線チーフパーサーとして乗務し、定年後はシニアCAとして短日勤務でフライトしていた。しかし2017年1月に一過性の症状により8日間入院し休業、その後産業医が主治医の診断書とは異なる病名を「診断書」に記入したことで、引きつづき休業となった。Kさんは休業中の契約更新はできないとされ、関連の機内食製造会社(パン工場)との契約となり、労使協定により2018年7月に62歳で雇止めとなった。

会社の「総合的判断」と産業医による病気の「ねつ造」、また、休業中でも65歳まで契約が更新された同僚もいたことから、Kさんはこうした差別的扱いに泣き寝入りせず、会社との話し合いや第三者機関への訴えを行っていた。しかし、フライトに戻りたいという強い希望を持ち続けたまま、2020年6月に急逝された。

このKさんの事例は、病気のレッテルを貼られフライトから降ろされ雇止めになったという点で人権問題と言えるものであった。A社ではこれまで会社の一方的命令により、フライトを降ろされ他部署や関連企業に出向となる事例も報告されている。

 

【その他のパワハラ事例】 

 

ある航空会社では、近距離国際線の往復13~14時間の勤務の間、先輩客室乗務員が新人に対し、食事もとらせず、水一滴も飲ませず、「お客様への対応が悪い」等の指導(コメント)を続けたという事例があった。ただでさえ乾燥している機内では、頻繁に水を飲ませなければ脳梗塞を引き起こしかねない。本人はその後、体調だけでなく、注意を受け続けたことのショックにより、うつ病を引き起こした。特殊な環境の機内における安全配慮義務違反でもあり、コメント(注意、指導)という名のパワハラでもあると言える。

 

4  ポストコロナに向けて

 夢と希望を抱いて入社した人たちが、保安要員として健康で長く仕事をつづけられるために、以下の改善が必要であると考える。

 

【 航空の安全、いのちと人権を守るための私たちの提言 】

 

〇 労働基準法の遵守、休憩時間付与規定の制定 

〇 連続する乗務日の短縮、休養日の増加、等の働き方の改善 

〇 体調の悪い時に休めるシステム(病気休暇等)の新設 

〇 評価賃金制度の廃止 

              乗務手当保障制度の復活 

〇 国家ライセンスの付与 

              男女比率の改善

〇 人権侵害をなくし、一人一人の権利が守られる職場へ


 

【あとがき】

Cabin Crew Project は、2016年1月に「航空の安全と客室乗務員の健康を考える会」として発足した。きっかけは、A社で2014年から2年間で5名の客室乗務員が在職中に亡くなったことである。この中には、ニューヨーク便を飛んだ後、現地で亡くなった3名のCAも含まれる。しかし、在職死亡がなくなるどころか、設立後も11名のCAがA社在職中に亡くなった。

私たちの力不足と活動を強化する必要性を痛感し2020年12月にNPO法人「航空の安全・いのちと人権を守る会」を立ち上げ、その中の一組織として再出発することにした。

今後、公共輸送機関である航空産業の職場改善を進め、乗客の安全にも寄与することを目的として努力を重ねる決意である。

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