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私たちNPO法人「航空の安全・いのちと人権を守る会」は、

過労死防止学会 第7回大会の第3分科会で、以下の報告を致しました。

ご遺族の了解を得てここに公表いたします。

                              

【 A社-Tさんの過労死問題を考える 】

2019年1月、大手航空会社(A社)で長年客室乗務員として働いていたTさんがフライト中に倒れ、搬送中に亡くなりました。A社では2014年以降、ニューヨーク線乗務後に現地で亡くなった事例がつづき、その原因の究明が求められていましたが、その後も乗務後に亡くなる事例が続いていました。

 

私たちNPO法人「航空の安全・いのちと人権を守る会」は、Tさんの痛ましい事例には、

① 休憩時間のない国内線フライト

② 疲労の取れないロサンゼルス1泊4日パターンがほぼ毎月ついていたこと

③ 更に苛酷な6日連続勤務パターンが亡くなる2ヵ月前についていたこと

④ 差別によるストレスの増大が伴っていたこと

 

等の過労死を生む過酷な要因が横たわっていると考えています

これらの要因と関連する問題について、その概要を紹介します。

A社におけるこうした客室乗務員の労働問題について社会的理解が広がり、「改善」に結びつくことを願っています。

Ⅰ A社の国内線と国際線の現状

(1) 労基法に違反する、休憩のない国内線勤務

労基法では、国内線と近距離国際線を乗務する客室乗務員にも休憩、またはみなし休憩(レスト)が必要であるとされている。(34条施行規則32条2項)しかしA社ではそのような休憩またはレストは就業規則にも明記されず、実態上もほとんど取れていない。Tさんは、この労基法違反の国内線が毎月10日前後ついていた。

 

 この労基法違反についてはB社で2014年に客室乗務員の有志が労基署に訴え、労基署からB社に調査が入り改善された経緯がある。当初会社は「休憩はとれている」と返答していたが、労基署が抜き打ち調査を行い、国内線と近距離国際線では10時間を超える勤務にもかかわらず、ほとんど休憩、またはレストが取れていなかったことが分かった。

その後、B社は休憩付与の必要を認め、香港往復などのアジア路線でサービスの軽減や客室乗務員の編成数を増やすなどして、行き帰り合わせて1時間のレスト(上空で交代して休む時間)を取れるように改善された。しかしA社では国内線と近距離国際線においてはほとんど休憩がなく8時間以上働きずくめの実態である。

(2) 労働負荷の高い「ロサンゼルス( LAX )1泊4日」

➡  LAX 1泊4日勤務とは?

 A社では2003年までは米国西海岸の路線は2泊4日であった。しかし、現在、ロサンゼルス(LAX)路線は現地1泊のみに改悪されている。この1泊4日とはどのような勤務か。出社から退社までの時間を記載する。

 

【1日目】19:45 家を出る➡

                    20:45会社(羽田)に着いて着替えやフライト準備を行う➡

                    22:45出社(注:この出社時間までの2時間は勤務時間にカウントされないサービス業務である)

【2日目】00:05離陸 ➡ 約10時間のフライト(この間の休憩は1時間30分)➡

                   10:00(日本時間) LAX到着

                   12:15(日本時間)ホテル到着(この間の拘束時間は15時間30分)

                  1泊のみ(1日の休みもなく翌日また深夜乗務)

【3日目】14:35(日本時間)ホテルを出る➡15:20空港着(15:50出社)➡ 

                   12時間30分のフライト(この間の休憩は約2時間)

【4日目】05:30羽田空港着 ➡ 06:30空港を出る(この間の拘束時間は約16時間)➡ 

                   その後の休日は2日間のみ。時差が取れないまま、  3日目からまたフライトに出る。

15~16時間の「時差、深夜勤務を伴う長時間勤務」のあと、ロサンゼルスにわずか1泊した後、翌日また、15~16時間の「時差、深夜勤務を伴う長時間勤務」を行うという過酷な勤務パターンである。行きのフライトの疲労がとれないまま、帰りのフライトをこなさなくてはならず、疲労困ぱいで日本に帰国する。そしてその後の休日がわずか2日間では、時差や疲労が取れる訳がない。尚、B社ではこのような苛酷なパターンは作られていないという。一方、TさんはこのLAX1泊4日の勤務がほぼ毎月ついていた。

(3) 更に労働負荷の高い、国内線+国際線の6日連続勤務パターン

➡ 「国内線1泊2日」の翌日から「LAX1泊4日」勤務が連続する6日連続勤務パターンA社では更に苛酷な6日連続勤務パターンが作られている。これは、労基法違反である休憩なしの国内線を2日間飛び、翌日からLAX 1泊4日を飛ぶという、体力の限界を超える労働負荷の非常に高い勤務パターンである。Tさんはこの苛酷な6日連続勤務パターンが亡くなる2ヵ月程前についていた。しかもこの6日パターンの後、わずか2日間の休みのみでその後、年に一度の定期緊急訓練が2日間ついzていた。この訓練は80点以上を取らなければフライトが出来ないシステムになっており、訓練前の休日はほぼ勉強に追われる。6日連続勤務の過労を取るどころか、寝る時間を割かなくてはいけないような

状況であった。この10日間の疲労の蓄積がその後の体調にも影響したと考えられる。

 

 1日目    羽田➡米子➡羽田➡大分(宿泊) 勤務時間7時間16分 【休憩時間なし】

 2日目    大分➡羽田➡長崎➡羽田(帰宅) 勤務時間9時間45分 【休憩時間なし】

 3日目       羽田

    4日目    ➡ ロサンゼルス(LAX)勤務時間 12時間15分 【長時間、深夜、時差】

 5日目    LAX

    6日目    ➡ 羽田 勤務時間 15時間14分 【長時間、深夜、時差】

 7日目  (休日)

 8日目  (休日)

 9日目  定期緊急訓練

 10日目 定期緊急訓練

Ⅱ その他のA社の問題点 

(1)国際線でも十分にとれない「休憩」(レスト)

前述のように、国内線・近距離国際線では休憩時間の設定は全くない状態であるが、長距離国際線では機内休憩(レスト)はあってもその裁量は先任(チーフパーサー)に委ねられている状況である。米国西海岸路線では1時間半~2時間のレストがあったとしても、揺れの状況や乗客のトラブル等で取れなくなることもある。これまでの研究では、本来夜勤では2時間の仮眠が必要とされている。しかし、A

社客室乗務員の場合、しっかり2時間仮眠をとれる環境にはないのが実態である。

 

(2)熱が出ても休めないA社の職場体質

 欧米の航空会社では、熱があったり過労状態になれば有給で休めるシステム「Sick leave」がある。

しかしA社では熱があり休んだとしても、その欠勤日を年次有給休暇に振り替えることを実質、強制される。

この結果、欧米と比べ有給休暇が少ない中、熱があっても無理して出勤せざるを得ない職場環境となっている。

 

(3)担当する機種の多さ < A社は7機種、B社は5機種 >

 客室乗務員が担当する機材の種類は、多ければ多いほど日々の勉強に追われることになる。例えば、緊急時のドアの操作は一瞬でも間違えは許されず、そのドアの仕様、緊急着陸水時に持ち出す酸素ボトルや救急用品等の位置も異なり、その使い方も機種や客室仕様によってよって異なり、毎日機種が変わるたびに頭に入れ直さなければいけない。

A社の場合、B737、767、787など7機種あり、この他、機内仕様(コンフギュレーション)が違う機材が何十種類とある。この為公休日でも宿泊先でも、毎日翌日の保安面の勉強やサービス内容等の確認に追われる実態がある。因みにB社では5機種となっている。

 

Ⅲ 資格、昇格差別によるストレスの増大 

 

(1) A社客室乗務員の『評価制度』について

 A社では、これまで人事資格によって基本賃金の一部が個別に決まる「人事評価制度」が全社員に対し導入されていた。客室乗務員の賃金には、もう一つの柱として「乗務手当」がある。この手当の水準は2004年以前は欧米と同様、勤続年数順に少しずつUPするシステムであったが、2005年から評価者(班長、及び管理職)の評価による格付けによって個々に乗務手当が決まるシステムに変わった。

 

   その評価項目の一部を紹介すると、

「お客様の心に残る笑顔の発揮」「日本らしいおもてなしの心を感じる対応ができる」「安心感や新鮮さを感じるサービスができる」などであり、どれも主観的な基準となっている。この乗務手当に関わるものを「習熟評価区分」というが、その他にも「習熟コード」「サービス資格」など、いずれも客観性、透明性、合理性があるとは言えない評価・格付け制度を導入している。Tさんはこの恣意的な評価の為に、機内での指揮順位が低いという差別が行われていた。しかもその指揮順位が公表されているため、新人はそれを見て「目をつけられるとこのようになる」と、会社に対する不満や意見が言えなくなるという。これらの資格、昇格差別によりTさんのストレスは相当なものであったと推測される。

 

欧米をはじめ、国際的には客室乗務員の「経験年数」は指揮順位等において最も重視されるものである。こうした勤続年数順が当たり前になっている諸外国に比べ、A社での乗務経験の無視、恣意的な評価による差別はチームワークを阻害し安全を無視していると言えるのではないだろうか。

 

Ⅳ A社の客室乗務員職場における在職死亡について

 

   A社では、2001年以降の20年間で、氏名が分かった方だけで33名のCAが亡くなっている。A社客室乗務員の平均勤続年数は6年半、B社は10年前後である。(2015年データ)それでもA社客室乗務員の在職死亡がB社に比べて圧倒的に多いのは、勤務とストレスによるものと判断せざるを得ない。A社では、コロナ前までは数百名のCAが退職し、また数百名を採用するという事が毎年、くり返されていた。この中でウツで休職しているCAも三桁に及ぶ。このようにCAが身体を壊したり何らかの理由の為にわずか数年で退職してしまう現状は、まさに若い女性の使い捨てと言えるものである。

Ⅴ 厚生労働省へ要望書を提出

 

    私たちNPO法人「航空の安全・いのちと人権を守る会」は2021年7月1日、現在の脳・心臓疾患の労災認定基準では、時差を伴う夜間交代制勤務者である客室乗務員の労災は認められない可能性が高い為、基準の見直しについて厚生労働省に要望書を提出した。(別添:航空機客室乗務員に関わる脳心臓疾患の労災認定基準の見直しに関する要望書)

 夢と希望を胸に抱いて入社した客室乗務員が保安要員として健康で生き生きと定年まではたらき続けるため、労災基準の見直しと同時に職場改善が急務となっている。そのことは空の安全にも直結する課題でもあると言える。

 

2021年7月1日

厚生労働大臣  田村 憲久 殿

脳心臓疾患の労災認定の基準に関する専門検討会 御中

NPO法人航空の安全・いのちと人権を守る会

理事長  宗光 美千代 

航空機客室乗務員に関わる脳心臓疾患の労災認定基準の見直しに関する要望書

 私達NPO法人航空の安全・いのちと人権を守る会は、2016年から任意団体として航空の安全と客室乗務員の健康を守るための調査・研究・相談活動を専門家とともに続け、その後、2020年12月にNPO法人として発足した団体です。

 脳疾患による航空機客室乗務員の死亡事例は2014年以降、複数報告されています。しかし、2019年1月に遺族が申請した労災認定は今年6月、不支給決定とされました。これは、客室乗務員の労働環境および勤務実態、感情労働等の特殊性が全く考慮されていないためと考えられます。

 乗客の安全と快適性を提供している客室乗務員の乗務における労働環境や勤務の特殊性を考慮した脳・心臓疾患の労災認定の基準に改定して頂くよう、以下の通り要望致します。

                      

 航空機客室乗務員は、早朝深夜、また時差を伴う不規則な勤務であり、低気圧、低酸素、低湿度、騒音、加速度(G)変化や宇宙線被爆などの影響を受ける特殊な環境のもとで働いている。また、作業環境として、立ち仕事、不自然な姿勢、重量物の取り扱いもあり、更に乗客への快適性提供のため感情労働によるストレス、衆人監視の中での緊張も強いられる職業である。こうした客室乗務員の勤務の特殊性を考慮した労災認定基準に見直すこと。

 

(背景) 

      ある大手航空会社では、2014年と2015年にニューヨーク線を乗務した後に現地で亡くなった客室乗務員が複数名という衝撃的な報告が職場から出され、不安と動揺が広がりました。また、2019年1月には同社で、ロサンゼルスから羽田に戻る便で倒れ、搬送中に亡くなったという痛ましい事例も発生しました。いずれも、くも膜下出血などの脳疾患によるものでした。

      尚、私たちの調査によると、2014年2月から2020年10月までの期間に在職死亡された客室乗務員は、この大手航空会社1社だけで16名です。ほとんどの方の死亡原因は不明ですが、平均年齢32歳 (2019年度厚労省基本統計調査) という若い職場にも関わらず在職死亡の多さは異常と言えます。

航空機の客室乗務員は早朝深夜、時差を伴う不規則な勤務で、多い時は月間10日前後の「外泊」があり、前述のように、低気圧、低酸素、騒音、宇宙線被爆などの特殊な環境で業務を行っています。更に「常に笑顔でいる」「乗客を不快にさせない」等の感情労働により、多くのストレスが増大している状況です。

 

 以上のことから、労働時間の長さを過重性の評価の最も重要な要因であるとし,1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合は,業務と発症との関連性が弱いとする現状の労災認定基準には不足があると言えます。

 不規則な勤務,交替制勤務,深夜勤務,出張の多い業務,心理的負荷を伴う業務等の労働時間以外の負荷の過重性が認められる場合には,1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合においても,業務と発症の関連性を認めるべきであると考えます。

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